2006年

2006年7月29日
お門違いな マスコミ批判
 藤沢市で起きたダイオキシン流出問題で七月二十七日、横浜地裁は「風評被害の原因
は排出した工場に責任がある」との判決を下した。「環境庁の発表をそのまま報道した
マスコミにこそ責任がある」との、荏原製作所の主張は退けられた。
 私は社会の出来事のほとんどを新聞から得ている。インターネットの普及が著しいと
はいえ、国民の知る権利に応える新聞の役割は大きい。早く正確に、ときに分かりやす
く解説を加えてと。社会の津々浦々に目を光らせペンを走らせる記者を私は尊敬してい
る。
 冒頭の例は自らの責任を棚にあげる典型だが七月三日、似たような事が身近でもあっ
た。三村申吾知事と懇談した久保寺昭子氏いわく「トラブル報道が派手に出ていてびっ
くりした」「最初にどういう情報に出会うかで価値判断の刷り込みが出来てしまう」
と。
 多くの県民がいだく原子力政策への不安と不満を肌に感じていれば、おのずと紙面に
は緊張感が現れる。報道にもたまには間違いはあるだろうが、恣意(しい)的でない限
り私は許す。それをセンセーショナルだと批判するのはお門違いというものだ。
 久保寺氏さらに曰く。「マスコミは今日の討論を正確・公平に伝えて欲しい」と。翌
日、有力地元紙が割けたのは約一千字(写真別)だ。そもそも知事とのやり取りを県民
に知らせるのはマスコミではなく、第一義に「県の仕事」だろうに。実際にこの討論
を、県がどう公表したのか私は知らない。マスコミ批判・・・何かと筋違いの主張がま
かり通る変な社会だと思う。


2006年7月24日
屋上屋を架ける 原子力技術顧問
 国策の名の下に青森県民が「命運を共にする」と、巷で揶揄(やゆ)されている核燃
サイクルだがトラブル続きで何とも落ち着かない。体内被ばく問題をテーマに県議会臨
時会が開かれたが解せないこと多かった。
 先ず臨時会の目的だが、「技術顧問の設置」とはいかにも弱い。五人の専門家に委嘱
するための費用二百四十一万円を予算計上するというが、わざわざ議会を開かなくても
知事が一人で決定できる金額だ。法案が無くても議会が開けるのかどうか、県に自信が
無かったのではと勘ぐりたくなる。
 次に技術顧問の存在意義だ。原子力の分野は難しいからと、何かにつけて専門家の力
を借りるがちょっと多すぎやしないだろうか。原子力委員会・原子力安全保安院・総合
資源エネルギー調査会・原子力政策懇話会・原子力技術協会など数え切れない。
 今回の顧問は「安全工学・プルトニウム安全管理・材料工学・再処理全般」などの専
門家だそうだ。その顧問にはトラブルなどの発生時に意見を聞くというが、そもそもト
ラブルが起きないように手を打つのが手筋だろう。似たような会議が重なるさまから
「屋上屋を架ける」という言葉を思い浮かべた。
 三つ目は県議会の姿勢だ。「国や事業者の答弁はおおむね理解できたが県民理解がな
いと事業は成り立たない(自民党の神山議員総会長)」。私にはまるっきり理解も納得
も出来ないのだが、それはさておき、県民には誰が理解させると言うのだろう。高坂環
境生活部長曰く「トラブルは法令違反でもなく、安全協定にも違反していないから県民
説明会は開かない」と。日当などに二百五十万円もかけた臨時県議会なのに、街にでて
県民に説明する議員はいないのかね。


2006年7月17日
与党議員と反核 講師を逆にせよ
 青森県が他県と決定的に異なる点、それは国策・原子力事業への協力と依存度の高さ
だろう。良し悪しは別にして下北半島は原子力半島と揶揄(やゆ)され、県の財政もも
はや原子力事業抜きには成り立たない。
 県民の八十%以上が不安を覚えながらも原子力事業が着々と進む中、県内外の市民団
体や反核団体が十五日「再処理を止めよう」のシンポジュームを開いた。京都大学の小
出裕章氏が「体内被ばくは少量でも危険だ」「作業の下請化が問題だ」と訴えたとか。
 その一方で十三日、県議会の自民党会派二十名が、県の放射線顧問の阿部道子氏を招
き勉強会を開いたとか。「放射線は自然界にもあり心配ない」「日本はトラブルの報道
ばかりしすぎる」と語ったとか。
 何につけても「勉強する」姿勢は大いに結構だが、それぞれ招く相手が、学ぶ相手が
違うのではないだろうか。再処理に不安や疑問を持つ人なら、再処理を推進し啓蒙する
人と対話すべきだ。再処理を信頼し推進する人なら、再処理の危険性や問題点を訴える
人の話を聞くべきだろう。 
 世論が分かれている時のキーワードは「異論・反論・オブジェクション」だ。自分と
異なる意見に耳を傾け冷静に議論することが肝要なのだから、講師を替えてみるべし。
その上で、忌憚のない意見を述べ合う「討論の場」を用意すべし。難しい事ではない。
県議会の与党会派が一声かければ容易に実現できるし、そんな場なら私も参加したい。


2006年7月9日
専門家の失言と 政治家の虚言と
 世に言う「専門家」とは、その道に秀でていても人の心への気配りが苦手なようだ。
発言の主旨は「再処理をする限り、被ばくは避けられない。お百姓さんをやっていて泥
がつかないわけが無いのと同じだ」と言ったのは、日本原子力技術協会の石川迪夫理事
長で、言った相手は三村申吾知事。
 実は石川氏の発言は嘘では無い。日本原燃が県や関係市町村と交わした文書に「体内
被ばくは起こり得るトラブルだ」と明記されてあるのだ。では何が問題なのか。県民の
ほとんどがそれを承知していないからだ。だから「驚く」のだ。 
 県民は素人だから、専門家との間に認識のギャップがある事はやむを得まい。では責
任は誰にある。それは言うまでも無く政治家に他ならない。知事も県議も近隣市町村の
政治家も、みんなが安全協定と付随文書を理解し納得している。いや「そうである筈」
だ。
 では「被ばく」が問題になり大変だ大変だと騒ぐ前に、「被ばくは起きて当然なんん
だよ」と県民を説得した政治家はいただろうか。事業者の情報公開を責めるのも良い
が、政治家こそ日頃から辻説法をしてでも県民に語りかけるべきだろう。日本原子力技
術協会は知事の肝いりで出来たたが、私は発足当時から「屋上屋を重ねるに過ぎない」
と懸念していた。飼い犬に手をかまれた格好の知事も気の毒だが、「百姓」呼ばわりさ
れた農業者の心中やいかに。一専門家の失言で、原子力事業者と農業者の乖離が広がら
なければ良いがと心配する日々が続く。


2006年6月28日
三村申吾知事に 怒声は似合わぬ
 三村申吾知事の三年間を総括する記事があった。前県政が残した末期的赤字体質の引
き継ぎだから苦労は覚悟の上だったろう。
 津軽衆にも南部衆にも甘い顔のひとつも見せれない。無い袖は振れないからさぞかし
辛い日々だったろう。そのあたりを汲めば「よく頑張ってる」と思う。その知事をして
最大の苦悩は「原子力政策」だろうと察する。
 「またか!」の枕ことば付で報じられた二度目の体内被ばく事故。謝りに来た日本原
燃の兒島社長への姿勢に驚いた。新聞記事では『激しい怒りをあらわにした』とか『一
人ずつにらみつけた』とある。
 その上で、「不愉快な気分でいっぱいだ」と畳み掛けるとさっさと席を立ったそう
だ。あの温厚な三村知事をして、こうまで怒らせるとは前代未聞だ。かれこれ十年来の
シンゴファンとして思うに、彼に「怒声」は、やはり似合わない。
 さて知事のみならず県議会議員諸氏の激しい怒りが連日紙面をにぎわしているが、私
は少し奇異に感じる。聞けば「原燃への信頼と期待を裏切られて怒っている」との事だ
が、そもそも「何を根拠に原燃を信じた」のかが、理解できない。この数年来事業者は
トラブルや不祥事続きだと記憶している。だから私は一度たりとも「安心で安全だ」と
いう言葉を信じたことが無い。「けしからん」と声高に叫ぶのが与党の議員に多く、野
党議員が静かに見えるのは気のせいだろうか。
 あてにして・・・信じたふりをして・・・裏切られて慌てる人あり、もとより信じ
ず・・・懸念をいだき・・・案の定と悲しむ人あり。 県民の心はいかに・・・。


2006年6月5日
第二再処理工場 知ってたのは誰
 これを「歴史的証言」と言うのだろうか。「六ヶ所再処理工場では当初から第二工場
の増設を想定してある」との、五日付けの某紙報道だ。約二十年前当時、電気事業連合
会の会長だった小林庄一郎氏が最近本紙に語ったという、その内容は驚きでいっぱい
だ。
 要約すれば「日本の原子炉の数から言っても八百dより大きい規模の工場が必要だ。
第二工場をやることは『みんな』の共通認識だ。それは六ヶ所村だから可能なことで
他の場所では考えられない」とのこと。
 「みんな」とある。なんだ、歴代の県知事は全て承知していたのか。県議会議員も村
長も村議会議員も「みんな」承知していたのか。安全協定の締結に賛成した人は、承知
の上だったんだ。「はじめから第二工場も有りき」なのに、ころっと県民を欺いてきた
んだ。
 知らぬは県民ばかりなりと愚民扱いされ、私は腹立たしいが、渦中の六ヶ所村の人々
はどうなんだろう。寝耳に水と憤るのか、それとも事業の継続を喜ぶのか。よもや「村
民も承知していた」とは思いたくないが。
 それはそれとして、この証言をひき出した記者の鋭い着眼力には感服した。言うまで
もないが事は重大だ。この仔細は、県民誰もが知る義務がある。一日も早く詳報を載せ
てくれる事を、強く望む。


2006年5月26日
再処理作業は 命がけなのだ
 この世には起きて欲しくない事がいっぱいあるが、そういうのに限って起きてしま
う。使用済み核燃料再処理工場の作業で「被ばく」事故が発生したと聞き、悲しくなっ
た。三十六歳の男性作業員と書けば簡単だが、彼にも人生がある。
 ご両親は息子さんが再処理工場で働く事に不安は無かったのだろうか。奥さんやお子
さんがお有りだとしたら、どんな思いでいらっしゃるのか。何より本人は悔いているの
か、それとも事故は覚悟の上だったのか。
 一連の作業をしたのは協力会社の六人の作業員だとある。グローブボックスを取り扱
うための熟練度や、放射線に従事する意識とか理解は十分だったのか。あのプール漏水
事件が孫請け会社の作業員の「放射線に関する無知と安易な溶接」に起因していた事が
脳裏をよぎった。知りたい事は山ほどあるが真相の究明はこれからだ。
 今回の事故は口や鼻から放射性物質を吸い込んだと推測されている。放射能が強くな
からマスクはしなかったとも聞く。かつて茨城県東海村でも、保護手袋を損傷したりマ
スクを外してしまったりの被爆例がある。「上手くいく筈」が「こんな筈では」じゃあ
お話にもならない。
 再処理工場が安全なのか危険なのか、県民の世論もさまざまだ。だが事業者は、「安
全です、何があっても外部に影響は与えません」と言い切っている。国もそれを保証し
県も県議会もまた追認している。その安全で安心だというアクティブ試験が二ヶ月にも
ならないうちに被爆事故とは。
 明らかな事を二点あげる。
 ひとつ、原子力の現場はいつも命がけだという事。
 ふたつ、事業者のトップは危険な現場にはいないという事。


2006年5月25日
風評被害は どうなったの
 使用済み核燃料の再処理工場は、アクティブ試験に入ったわずか十二日でプルトニウ
ム入りの洗浄水を、さらに今月十八日にはウラン入りの溶液を漏らした。初歩的な人為
ミスだと弁解するが先が思いやられる。
 放射能の実害が無くても、「怖い」という畏れから原子力立地の産物を嫌う。これが
国民の無知に起因する「風評」だ。十和田市の農業家が「被害にあった」と訴えている
と聞いたが、その後どうなったのだろう。
 先月二十七日の風評被害認定委員会の様子を新聞で読んだが、「被害者と事業者の話
し合いそのものが不十分だ」とあった。だが差し戻された両者の様子がとんと伝わって
こない。その認定委員会が「風評の定義が漠然としている」と指摘した事に注目して欲
しい。
 「解決を図るために誠意をもって」の誠意はどう判断するのだろう。「経済的な被害
を対象とする」とあるが「精神的苦痛や信用の損ない」は対象外なのだろうか。私自
身、季節ごとに長芋やリンゴを都会の知人に贈っている。だがこの話題に触れた昨年末
からは、「ありがとう」の声が弾まない知人もいる。
 風評とは厄介で難しい。あのJCO事故では納豆会社の訴えが認められたが、一億八
千万円の地裁判決まで七年近くもかかった。訴えるという行為は大変な事なのだ。十和
田市の五万五千円の訴えはどうなるのか、公開でのやり取りを望む。


2006年5月21日
危機管理の好手 ケータイメール
 津軽地方の水道水質悪化事件には驚いた。異変に気づいたのが十五日の十八時。市町
村へは二時頃にファックスしたそうだが深夜じゃ無人だろう。報道への連絡は十六日の
三時前後とか。前夜直ちに「発表」しておくべきものを、何とお粗末な事だろう。
 翌朝の対応も田舎館村が朝五時に有線で告知し始めたのに比べ、黒石市は九時に広報
車が一台市中へ。午後になって三台に増えたものの有線放送も十分でなかったとか。
 ところでこの事件を多くの県民は十六日朝のテレビやラジオで知ったに違いないが、
夜勤族の私はちょっと違う。八時五十九分、ウェブ東奥のニュース速報がメールで届い
たのだ。緊急事態が発生すると自動で送られてくるので取り残される心配もない。これ
は優れたサービスだ。
 二十日の夕刊では、洪水情報がいち早くケータイメールで届くサービスが、六月から
始まるとあった。「不審者が出没した」とか、「放射能汚染の恐れがある」とか、危険
を警戒する情報は早くマメにが何よりだ。 
 メール配信を希望する人に限定して流すのなら、個人情報云々の苦情もあるまい。原
子力施設と軍事施設が集中立地しているわが県だからこそ早急に導入して欲しい。
 技術的には問題ないはずだし、費用なら危険施設の管理者に用意してもらえばいい。
我ながら良い提案だと思うのだが。


2006年5月21日
たった十二日で プルトニウムが
 「これからも小さなトラブルは起きます」「不具合を見つけるための試験です」。日
本原燃の説明会では確かにそう言った。だから四十gのプルトニウム入り洗浄水漏れ
も、有っても不思議ではないと言う事になる。だが試運転を始めてわずか十二日目の事
だ。八割の県民が不安を訴えているのに、この路線に同意した、わが三村青森県知事の
心中やいかに。
 それはそれとして日本原燃の姿勢に三つの疑問がある。
 @事故が十一日の未明なのにホームページでの公表が翌日になった。しかも県や六ヶ
所村には即日連絡済みだとか。それなら県民や報道への公表も技術的には何の問題も無
い筈なのに。
 Aホームページを見て驚くのが説明の不親切さだ。ハル洗浄槽・溶解槽・マニピュレ
ータ・燃料被覆管と、まず言葉が難解だ。図解があるのだが絵も字も細かくて判読でき
ない。広報にかかわっている職員はどうやら「県民の目線」の訓練をしていないのでは
ないか。
 B情報を知りたければホームページを「見に来なさい」の姿勢は、今時あまりにも不
親切ではないか。希望する県民や報道者のケータイやパソコンに「速報を届ける」くら
いの仕組みは、やる気があれば簡単な事だ。 
 青森県民と日本原燃は長〜い付き合いが続く。もっと胸襟を開いて、不信という溝を
埋める道をお互いに探らなきゃね。


2006年4月11日
核燃サイクルにも 光と陰がある 
 使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを回収する工程が、青森県六ヶ所村で動き
出した。三村申吾青森県知事は「日本のエネルギー安全保障と地球温暖化防止に貢献す
る」と、その意義を強調していました。 
 核燃料サイクルに限らず物事には光と影が、正と負があります。政策を進めたいがあ
まり不都合な部分に目をつむらせるのは賢いとは思えません。いうまでも無く「核」は
扱いにくい物質です。何重にも防護策を講じるから大丈夫だと言いますが、それだけ念
をいれても万全では無く危険が伴うのだとも解釈できます。
 事業主である日本原燃はこれまでに、プールの水漏れをはじめとして、何度となくト
ラブルを重ねて来ました。大企業の体質が改善されたと思いたいのですが裏付けるもの
はありません。「余剰プルトニウムを持たない」とは国際間の約束ですが、消費計画は
具体化されていません。核物質を保管するのも実は「国」ではなく、単なる「一企業」
です。私は不安でたまりません。


2006年4月6日
核の汚染無しを 自分で確かめたい
 あれほど「止めて」と願っていたのに、再処工場から放射性廃棄物の放出が始まって
しまいました。泣いていても仕方がないと、知人の農家がせっせと袋詰めをしました。
そば・大豆・あずき・コメ、それに大事な大事な田んぼと畑の土。平成十八年四月一日
と日付を入れて。
 何年か何十年かのちに核の汚染が話題になるかもしれない。その時の作物や土の汚染
数値と比較するために、今のきれいなモノを保管して置きたいのだと。これを「杞憂」
と笑う人もいるそうですが、こうでもしなければ気が済まないのだとか。
 日本原燃さんではモニタリングポストとかいう測定装置をあちこちに設置したそうで
す。ホームページでは、日々刻々と測定結果を発表しているそうです。でもそれはすべ
て「主催者発表」です。これまでも不祥事が多発し、これまでにていねいな説明をした
事が無い事業者の発表を「信じろ」とはあんまりです。
 日本原燃さんにお願いが二つ有ります。
 @疑問や不安を抱く人を抱く人を測定者に加えて下さい。
 A簡易な測定器を、私のような不安者・疑問者に貸してください。
 この二つが適うなら、再処理への不安もかなり薄まるのではと思います。
 いい返事が聞きたいですね。


2006年3月31日
いつか事故の日 悔いるのは誰だ
 「盆と正月がいっぺんに」とはうれしい事が重なった時の表現だが、哀しみが重なっ
た時の表わし方を私は知らない。三月三十日、西海岸でのミサイル警戒レーダーの受け
入れが表明され、翌三十一日午後。東海岸では使用済み核燃料の再処理が始まった。
 いずれも世間で言うところの迷惑施設であり、国策という名の危険施設だが、わが青
森県民はこぞって賛成した事になっている。三村申吾青森県知事いわく、「県民の代表
である県議会や首長さんが同意しているから」と。言うまでも無いがこれは間接民主主
義の曲解であり乱用である。
 民意の確認を徹底的に避ける、その心理は何ろう。直接問えばおそらくその答えが、
限りなく「ノー」に近い事を予測しているからではないか。だから民意に近づきたくな
いのだろうが、果たしてそれで良いのか。  
 ミサイルを警戒するという事で、逆に攻撃目標にさらされる事を承知した津軽の人々
よ。放射性廃棄物の汚染におののく生活をスタートさせた南部の人々よ。覚悟はいか
に。年度末の夕刻、西の山も北の空もどんよりと暗い。
 再処理は何十年も一つのミスも無く仕事を全うし続ければ安全だという。それは少し
のミスが重大な事態を招くと言う事だ。これまでもたくさんの事故や不祥事を起こした
原子力業界を、あなたは本当に信じるのか。その時、「まさか」「こんなはずでは」は
通用しないんだから。


2006年3月23日
安全協定直前に 七つの疑問有り
 六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場のアクティブ(総合)試験が近づき、三村県知
事は「手順」を踏む事に余念が無い。だが最大の判断基準としている県議会が圧倒的多
数で「承認する」意向なのだから、安全協定の締結は間違いない。そこで私が思う七つ
の疑問を県民にぶっつけて見たい。   
 @あなたが選んだ県議は、この件であなたと対話しましたか?。県民の意見を聞き代
弁するのが県議の仕事だそうですよ。
 A市町村長はあなたに説明しましたか?。市民や市議に説明し、声を集約したうえで
知事に意見するのは首長の役割りだそうですよ。
 B県からあなたに、分かりやすい資料が届きましたか?ちなみに我が家には何も届い
ていません。 
 Cあなたは「原子力施設は安全だ」と思っていますか。県の調査では県民の八割は
「不安だ」と答えているそうです。
 Dあなたは安全協定を読んだことがありますか?。県は「県民が理解し同意してい
る」とみなしていますよ。
 Eあなたは青森県ブランドならどこの市町村産でも安心して食べますか?。県は「ワ
ンブランド」化を進めています。
 Fあなたは、再処理工場の近くでとれる産品を、都会の生活者が気にせず消費し続け
ると思いますか。岩手県民の不安の声を聞くと心配になります。
 以上の七点ですが、いかがですか。私は七つとも「ノー」でした。


2006年3月17日
まずは出向こうよ 第二幕は岩手だから
 六ヶ所村の再処理工場がいよいよ本格稼動を迎えるとあって、岩手県の皆さんが不安
を覚えるのは無理もありません。事業者や青森県に「説明」を求めるのも当然です。
 豊かな三陸沿岸の市町村が「岩手県に来て説明して下さい」とお願いしたのに、日本
原燃は「二十四日に説明してあげるから六ヶ所に来て下さい」と案内したとか。青森県
民として恥ずかしく思います。
 政治であれ経済であれ、交渉事は駆け引きです。自分に有利な土俵を画策するのは当
然です。でもメンツやタテマエにこだわっていてラチが空くでしょうか。お互いにけん
制しあっていても時間は刻々と過ぎ、アクティブ試験は始まってしまいます。
 名を捨て実をとるという格言をご存知でしょう。こは日本原燃さんが用意するシナリ
オに乗ってみてはいかがでしょう。
 市町村長や団体の長など責任のある方々が、日本原燃さん差し回しのバスに乗って六
ヶ所を訪れる。視察して説明を受ければいいではないですか。その日に納得できないで
しょうから、次は「岩手に来て説明してくれ」と言えるでは無いですか。
 交渉ごとは、ボールを受けたら投げ返すキャッチボール」に似ています。ここは一歩
譲り日本原燃の提案に乗ることで、次のキャスティングボードは岩手県に移るのですか
ら、その時が本舞台だと考え、準備したらいかがですか。
 皆さんが言う通り、空も海も汚染に県境はありません。青森県民の82%は、原子力
施設に不安を感じています。


2006年3月17日
六ケ所村産品を もっと食べよう
 別に隠す事でもないので言うが、私にとって六ヶ所村は第二の故郷だ。多感な少年期
を過ごしたれっきとした平沼小学校の卒業生なのだ。田面木沼のウナギやエビの美味し
さや、高瀬川でのシジミ取りの楽しさは今でも大切な思い出だ。
 その六ヶ所村が核燃料再処理工場がらみで何かと話題になる。本格稼動が近づいた事
で「危険だ」いや「安全だ」と世論も分かれている。他人事ではないので県民への説明
会には欠かさず出るようにしているが、説明会の様子がこの頃変わった。六ヶ所村の農
業者とか酪農家とかの発言がやたら目立つのだ。
 いわく「六ヶ所村の農産物は美味しい、酪農品も魚介類も評判が良い」とか、「再処
理工場があっても売れ行きは落ちていない」とか。世に言う迷惑施設を引き受けている
だけに、消費者の無理解から「六ヶ所村産品」の評判が悪化してはいまいかと心配して
いただけに喜ばしい限りだ。
 言うまでも無く六ヶ所村は「核燃料サイクル」という国策に協力して、「使用済み核
燃料の再処理」という民間事業に村を挙げて協力してきた。その善意が、言われ無き風
評に見舞われ「六ヶ所村産品の不評」につながっては踏んだりけったりだと懸念もして
いた。
 そんな六ヶ所村の人々に私たちが出来ることは何だろう。それは何よりも「六ヶ所村
産品を消費すること」ではないか。牛肉や牛乳やヨーグルトといった酪農品、にんじん
や長いもの農産物、イカや昆布の魚介類等々。六ヶ所村は食料品の宝庫なのだ。
 スーパーや市場で「六ケ所村産品」を探し、他の産地より優先して買い求め家族ぐる
みで消費に協力する。これが青森県民の「県民愛」ではなかろうか。


2006年3月14日
Xバンド受入れ 見返りは何だ
 岩国市の住民投票は「新たな負担ノー」となったが、国策はシナリオ通り遂行される
だろう。車力のXバンドレーダーも多少の紆余曲折はあれ設置されるのは間違いない。
「頭ごなし」だとか「正式に聞いていない」と言ったところで、ごまめの歯ぎしりだ。
 善良なる県民を惑わせる原因は何だろう。仙台防衛施設局長いわく、「地元の理解と
協力に最善を尽くし、それらを得た上で配備に至りたい」と。理解があろうが無かろう
が設置は既定路線だからこれは国の甘言だ。
 三村知事いわく「現状を超える基地機能の強化は容認できない」と。だがどうなれば
強化なのかの「定義がない」のだからどうにでも曲解できる。Xバンドレーダー検討会
いわく「立ち入り禁止区域を設定するから人体には安全だ」と。実線に配備するのは世
界初で実績も無いのに安全だと言い切るのは無責任だ。
 何より驚いたのは二日の県議会。代表質問での「国産のレーダーを開発するまでの
間、車力にXバンドレーダーを配置する事は理解できる」との発言だ。いくら国政与党
の立場とはいえ、ろくな説明も聞かず県民の意思も確認してもいないのに早々と容認姿
勢を見せるとは。
 確かにわが県は国策協力の優等生だが、危険施設を受入れるにはそれなりの覚悟が要
る。それと引き換えに惑施設なればこその「見返り」が伴う。これではゴニンカンで、
いきなり「ポ」を出したり、カラ踊りするようなものではないか。こんな下手な政治家
じゃ危なっかしくて任せるどころじゃないね。


2006年3月2日
原子力の技術で タバコも無害に
 県の健康福祉部ではこの一日から、庁内や関係出先機関での勤務中の禁煙を始めたそ
うだ。デスクワークしながらのタバコが許されるなら、飴をなめながらもガムを噛みな
がらも嗜好品という点で同じだ。タバコだけが特別であるわけが無い。
 庁内での禁煙というからには、これまではきっと「分煙」だったのだろう。だが喫煙
所のまわりは人だかりがし、他よりは空気も濁るだろう。昼休みでも無いのに喫煙所に
いる職員を見るのは良い気分ではない。
 そんな解釈から「全面禁煙大いに結構」と思っていたのだが、二日の新聞を読み驚い
た。三村知事いわく「健康福祉部長はよく決断した。環境部長も理解して欲しい」と。
環境部長はヘビースモーカーで有名だそうだが、公の場で辱めるほどの事だろうか。
 私の中にも「あまのじゃく」が住んでおり、先の持論とは別の物言いもしたくなる。
そもそもタバコの煙はそんなに悪なのかと。きれいな空気の下で親しい人の紫煙が漂っ
てくるのは悪い気がしない。だが、空気が悪かったり雰囲気が悪かったりではごめん蒙
る。
 ふと原子力施設を連想してみた。高い煙突から放出される排気は放射性廃棄物とかを
含んでいるが、大気で十分に薄めるから人間に届く頃には健康に影響はないそうだ。そ
んな技術があるのだから、タバコの煙を十分に希釈させることくらい朝飯前ではないの
か。
 原子力事業者の総力を集め、完璧なダクトと念入りなフィルターを駆使した「外気に
やさしい喫煙ルーム」を作って世界に広めたらどうだ。この青森ブランドなら地産業の
タバコ農家も救われるだろう。愛煙家を「悪者」にして解決する問題ではないと思うの
だが。


2006年2月23日
聞くだけの知事 県民と対話せよ
 「人の話をよく聞け」と教わった。「聞き上手は話し上手」とも言われた。わが三村
県知事は実によく人の話を聞く。県議会では県議の意見に、市町村長会議では首長の意
見に耳を傾けている。原子力政策懇話会においてもじっと聞いている。そう、聞いてい
るだけなのだ。
 わが県ではあちこちでタウンミーティングが開かれ、知事が参加する。学校で子供を
相手にする時、企業で労働者と対話する時、農業者や漁業に向けて講演する時、知事は
実に能弁だ。額に汗するその姿を私は好きだ。だが原子力をテーマにした時、一転して
寡黙になる。そこが解せない。
 六ヶ所村の再処理工場はいよいよ本稼動を目前にし、安全協定の締結が俎上に乗って
いる。放射性廃棄物がいよいよ本格的に排出されるのだから、県民総がかりの一大決心
が迫られている。なのに三村知事の言動の歯切れが悪い。
 三村知事の口癖は「節目節目に、県民各界各層のご意見を伺い」だ。県議会でも首長
会議でも懇話会でも、ほとんど誰かが書いた原稿を棒読みするだけで自分の意見を言わ
ない。じっと聞いているだけで「どう思っているのか」をおくびにも出さない。
 今時の政治家は「言葉」で自分を訴え「対話」で人を説得する。自分の意見を言わず
「聞いてるだけの政治家」では、人の心を動かない。三村知事は勇気をもって県民の間
に入り込むべし。前髪パラリの笑顔での対話を私は待ち望んでいる。


2006年2月23日
各界各層よりも 県民と対話せよ
 六ヶ所村の再処理工場はいよいよ本格稼動を目前にしている。本物の使用済み核燃料
を裁断するたびに、毎日大量の放射性物質が気体となり液体となり放出される。類の英
知を結集した日本原燃でもそれを除去しきれず空や海に放出する。
 数十年来の再処理事業においても大きな節目だという事で、県知事は慎重の上に慎重
を期している。県議会しかり市町村長会しかり、ひたすら意見に耳を傾けているが、そ
れに加え、「県民各界各層から直接意見を聴く場を設ける」と明言した。
 意見聴取は三月四日に行われるが、陳述の人選に異論がある。農林水産業や商工関係
の諸団体も学識経験者も、すべて県が選定したものだ。これまではほとんどの陳述者が
「原子力政策推進」の立場に立っている。
 唯一の注目点が反核団体が招かれている点で、三村知事になってから初めての事だと
か。だが二月七日に三団体が蝦名副知事に求めていたのは「知事との対話」だったはず
だ。注文と大違いの料理が出てきたのでは食欲もそがれる。知事は「形作り」という亡
霊に取り付かれているように見えるが、いま取るべき道は県民との「対話」であり県民
との「意見交換」ではないだろうか。
 形式的な各界各層の代表でなく、不安や疑問を持っている県民を広く募るべきだろ
う。県民の二十%足らずの「原子力施設に安心している人」はそれで良い。だが県民の
八十%以上が「不安を覚えている」のだ。開かれた県政を目指す民主的な三村知事なら
ここに的を絞り、一人一人の県民と向き合うべきだ。県民の代表である県議会と、主権
者たる県民との間の乖離(かいり)を埋めるには、それしかない。


2006年2月16日
原子力についてマデに説明してけろ
 わが青森県には 原子力施設がたくさん集まっています。事業者も県も国も ふし目
ふし目に県民に説明をし「県民の同意」を得た上で 原子力事業を推進させています。
 さて、事業者や県や国が、「安心で安全な事業だ」と自信をもって進めているにもか
かわらず、県民の八割以上が原子力施設に不安を抱いています。これは、事業者や県や
国の説明が、県民に十分に伝わっていないからではないでしょうか。
 思えば、「県民の同意」といっても、それは県民の代表である「県議会の同意」で
す。ならば、原子力施設をよく理解したであろう県議会議員は住民と対話し、住民によ
く説明しているでしょうか。
 住民の代表たる「市町村長の同意」も得ているとの事です。ならば、原子力施設をよ
く理解したであろう市町村長は、議員へは当然ですが、住民とも対話しよく説明してい
るでしょうか。
 県民へはそのつど、県内数ヶ所で「県民説明会」が開かれています。それは、県民の
多くが参加しやすい曜日と時刻でしょうか。その説明は、普通の県民が理解できる内容
でしょうか。質疑応答や意見交換の時間は十分でしょうか。
 このような事を考えあわせるに、「県議会」経由であれ、「首長」経由であれ、ある
いは「県民説明会」経由であれ、県民へのていねいな説明がなされているとは思えませ
ん。家族の団らんの時、お父さんやお母さんが、あるいは親子が原子力の安全について
語り合う事はとても大切です。でも、使いやすい説明資料はどこにもありません。
 「安心で安全な事業」が理解されていないのはお互いに不幸です。原子力施設に不安
を抱く八割以上の青森県民に、安全だという分かりやすい説明を、「マデに」して下さ
い。私たちは安心して「アズマシグ」暮らしたいのです。


2006年2月5日
原子力の説明会 改善を強く望む
 「もっと住民の声聞いて」との小さな見出しを一月十七日の某紙のコラムに見つけ
た。その前日に七戸町で開かれた、原子燃料サイクル意見交換会での出来事だという。
「3時間の意見交換会と聞いて足を運んだが、2時間45分も説明とはどういう事なん
だ。」と、出席した町議が詰め寄ったとか。
 下北半島に集積する原子力施設については、節目節目で県民への説明会が開かれてい
る。だが、いつのどの説明会でも県民の参加者はまばらだ。だからこの記事を読んでも
ほとんどの読者はピンと来ないと思うが、実はこの問題は今に始まった事ではないの
だ。
 主催者が日本原燃であれ県であれその進め方も問題点もほとんど共通している。
 @予定時間のほとんどを主催者の説明に費やす。
 A説明資料は会場で配布する。
 B配布資料も説明もわかりにくい。
 C質問の受付を休憩の十五分に限定する。
 D回答に不納得でも質問を打ち切る。
 E次の会場の都合を理由に会を閉じる。
 F説明に納得したか否かの確認をしようとしない、等だ。
 県民の八割以上が不安を抱いている原子力施設問題だから、次のように改善し誠意を
示すべし。
 @説明は一日一会場とする。
 A説明資料は事前に全戸に配布する。
 B説明資料は家族が読んでもわかる内容にする。
 C質問は事前にも受け付ける。
 D会場での説明は一時間程度とする。
 E会場での質疑応答や意見交換には四時間程度あてる。
 F理解したか否かについて説明後に県民に確認する。
 近々にアクティブ試験の説明会が有る。真に同意を望むなら右を実行すべきだろう。
さらに重要な提案をひとつ・・・・。「市町村の議員はもれなくこの説明会に参加すべ
きだ」と。議員が知らずして住民に説明も出来ないだろう。


2006年2月5日
アクティブ試験 説明会は合同で
 六ヶ所再処理工場でのアクティブ試験が近づき、安全協定締結の是非が県民に問われ
ている。二十二日の県議会全員協議会に先立ち十六日に、県と日本原燃がその概要につ
いて県議会に説明すると報道にあった。
 県や日本原燃が行う説明会はこのほかに「原子力政策懇話会・市町村長会・各地での
県民説明会」と六回以上に及ぶが内容も手順もほとんど同じだ。そこで提案だが、説明
会を「合同」で行ったらどうだろう。県議も懇話会委員も首長も職員も一緒で約百五十
人。県内諸団体のリーダーも招いたら良い。文化会館の大ホールなら後ろに県民も入れ
るではないか。
 説明するほうも、大勢が相手で一回で済むなら熱も入るだろう。説明を受けるほう
も、県民が後ろにいるとなれば意気込みも違うだろう。説明は合同でも、意見を述べる
のはそれぞれの会議に戻ってからだ。勉強する時間はたっぷりある。
 いずれにせよこの原子力施設については、方や県民の八割以上が不安を訴えながら、
方や県議会の多数が推進を意思表示している。著しいねじれに誠意を持って向き合うの
が政治家というものだろう。
 誠意、それは為政者や事業者にしてみれば「対話による説明」であり、県民にしてみ
れば「対話による意思表示」だ。議員や委員や首長は「県民の意思を確認してから意見
を述べる」という原点を忘れてはならない。


2006年1月26日
「陸奥湾に廃液」は 「地域エゴ」なのか
 青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場に不安を感じているのは、どうやら青森
県だけでは無いらしい。お隣の岩手県の市民団体が一月二十五日に「岩手県民の理解が
得られるまでは安全協定の締結を待って欲しい」と三村青森県知事に求めたそうだ。
 きけば、その趣旨の請願を岩手県議会が全会一致で採択したと言う。それは、圧倒的
多数が再処理路線に賛成しているわが青森県議会では考えにくい事だ。26日の青森県
の新聞記事上の市民団体の発言から気になる点を三つ拾ってみた。
 『海洋汚染に県境はない』。六ヶ所村沖の放出管から流れ出る放射性廃棄物が南下
し、三陸の海が汚染されることが心配だというのだ。確かに流れは八戸沖ではストップ
しない。養殖漁の盛んなリアス式の三陸海岸の人々の心配を「杞憂」だとはいい切れま
い。
 『それほど安全なら廃液は陸奥湾に流せばいい』。「ごもっともな意見だ」と思った
が、青森県のエネルギー課長の「それこそ地域エゴではないか」には驚いた。「再処理
は青森県のためにだけやるのではない」と続く。岩手の市民は「再処理の廃液は安全
だ」と「青森県民が信じている」というお墨付きが欲しいのだ。事業者が言うように、
十分に薄めて放出するのだから、太平洋であろうが陸奥湾であろうが工場の隣の尾駮沼
でも問題ないはずだと、私も思う。 
 『宮古市での公開討論会に出席して欲しい』との要望がでた。だが日本原燃は「討論
会の趣旨がよく理解できない」と断ったそうだ。これも解せない。口を開けば「皆様の
理解を深めるために、説明にも情報公開にも努める」との日ごろの主張とは大違いでは
ないか。趣旨を理解するべく先方と対話し積極的に努力するのが誠意というものだろう
に。
 きれいな着物の下から、冷徹なヨロイの例えもある。こんな姿勢では事業者も県も国
も・・・人々の「安心と信頼」を得る道は遠く険しそうだ。


2006年1月19日
県民が望むのは 原子力の説明だ
 行政のリーダーの役割を突き詰めれば、それは「住民の不安を取り除き希望を与える
事」だと思う。県民の最大の不安が「原子力施設」である事は間違いない。何しろ県の
調査で八十二%の県民が「不安だ」と答えているからだ。
 「不安」の由来は人それぞれに違うだろう。漠然とした理由、確たる理由。勘違いや
誤解もあるだろう。いずれにしても不安の除去は為政者の大事な課題となるのだが、こ
れまでの取り組みは十分だったろうか。 
 原子力関連施設についてはこれまでも、は節目節目で県議会に説明し同意を得てき
た。だが県民の「不安」はこの数年来、改善されていない。これは県民への説明と説得
が実を結んでいないという事だ。さもありなん県も県議も県民と対話していないから
だ。 
 「県民への説明会をやっている?」。とんでもない。難しい資料を一方的に朗読する
亊に時間を費やし、質問の時間は制約し、意見交換の場はハナっから用意しない。「説
明した」という形づくりではないか。
 県は四月から、希望する八市町に県職員を二年間派遣するそうだ。人件費を県が負担
しての支援だとか。ならば「原子力不安を解消する為の説明員」を二人用意してはどう
だろう。不安だという県民のところへパッと出向き、ていねいに説明するのだ。県の出
前口座は人数制限あり時間制限ありで「わかる」にはほど遠いのだ。原子力への理解者
を増やす妙案だと思うがどうだろう。


2006年1月13日
本気さが見えぬ 反核の共同行動 
 大規模開発に翻弄されてきた六ヶ所村の映像が、七日NHKのETV特集で流れた。
三十年前平沼小学校を卒業した時確かに村は寒々としていたが、今は豊かなのか。その
村は、使用済み核燃料を再処理する本番を迎えようとしている。
 八割以上の県民が原子力施設に不安を覚える県民世論とは別に、県議会与党会派は
「国策の着実な受け入れ」を是とし不退転の決意で進めてきた。それと対極に「反核
燃」を是とする人々が共同行動をとるべく会合を開いたという。
 小泉首相の手法に賛否はあれ、世間は本質より「イメージ」を重視する傾向にある。
いうまでも無く県政の主役は県民だ。では七十団体以上が集結するという反核の行動
が、県民の目にどう映っているのか考えてみた。
 県議会。少数野党が厳しく追及するがしょせん多勢に無勢で矢は尽きてしまう。街頭
で集会で県民に必死に訴える姿もまれだ。県や事業者による県民への説明会。おざなり
な議事進行に手も足も出ず、説明をしたという既成事実作りに貢献してしまう。
 反核行動を非難するのでは無い。国や県や事業者がより巧みだと言いたいのだ。そん
な状況下で、モノは言わぬが思いは複雑な県民が望む事、それは「公開討論」だろう。
説明会とか意見陳述というまやかしではなく堂々とした議論の場を。公平なコーディネ
ーターの適任者なら心当たりはあるぞ。


2005年1月8日
プルトニウムに 知事は怒るべし
 瀕(ひん)すれば窮すとでも言うのだろうか。電気事業連合会作成のプルトニウム利
用計画を見て「自信は無いがとりあえず解答欄を埋める」受験生の苦境を重ね合わせ
た。採点する原子力委員会からみれば一目瞭然、「不合格」であろう。
 原子力には長所も短所もあるが「核物質の管理はとても難しい」という事実は、地球
人誰もが認めなくてはいけない。原子力発電所で使用された核燃料を再処理し取り出す
「プルトニウム」はその最たるものだ。何しろあの核兵器の材料にもなる「危険物」だ
から。
 核の保有を認められている五カ国とは別に、日本はプルトニウム所有を認められてい
る。例外的な事だけに、その管理については厳しい約束を交わしている。すなわち抽出
したプルトニウムを全て原発関係で消費しますという宣言なのだ。
 六日に電事連が公表した「計画」は宣言というにはあまりにもお粗末だった。電力会
社ごとに使用予定量は表記されていても「いつから」とは書けない。最大手の東京電力
ではどこの発電所かも書けない。地元の知事から「明示するな」と釘でも刺されたかの
ようだ。
 「いつから、どこで、どのくらいずつ」すら明記できないものを、世間では「計画」
とは言わない。三村知事は「私どもが言及する段階でない」ではなく「こんな内容じゃ
県民を説得できない」と怒るべきだろう。青森県知事が言わずして誰が言うというの
だ。


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